2007年6月4日

細菌の逆襲 ~抗生物質の適正使用を~

 AERA(アエラ)の最新号(6月4日)に「子どもに薬が効かない」と題する記事が載っています。「抗生物質の乱用が耐性菌を増やす。耐性菌に感染すると病気が治りにくく危険である」という内容です。抗生物質は本来、細菌から身を守ってくれる特効薬のはず。いったい何が起こっているのか、検証してみましょう。

 耐性菌とは、抗生物質が効かない細菌のことです。抗生物質を安易に漫然と使い続けると、体内で大多数を占める感受性菌が淘汰され、少数の耐性菌だけが生き残ります。これを繰り返しているうちに、生き残った耐性菌ばかりが増殖し多数派に転じます。その結果、抗生物質の効きにくい身体になってしまうわけです。

 耐性菌は10年ほど前から急速に増えています。特に日本において、その傾向が顕著です。子どもの呼吸器感染症の二大原因菌である肺炎球菌とインフルエンザ菌(Hib。冬に流行するインフルエンザとは別物)では、すでに耐性菌が感受性菌を大幅に上回っています。しかも、耐性菌の比率は年々増加する一方です。当クリニックの日常診療でも、抗生物質の効きにくい中耳炎や気管支炎・肺炎をしばしば経験します。

 抗生物質の使用量と耐性菌の間には、明確な相関関係があります。欧米諸国では、抗生物質の使用抑制策を国が打ち出して(一部では法規制まで設けて)、乱用を禁止しています。その結果、耐性菌はまだ深刻な問題と化していません。しかし日本にはそのような規制がなく、抗生物質は垂れ流し状態で使われています。日本は世界の中でも飛び抜けて抗生物質の使用量が多い国です。

 抗生物質が多用される背景には、日本人の根強い「薬物信仰」があります。数年前の外来小児科学会のアンケート調査で、「風邪に必ず抗生物質を出す」と回答した医師が37%もいました。「ちょっと心配だから」「一応」「取りあえず」などの安直な理由で、あるいは「熱があるのに抗生物質を出してくれなかった」という評判を気にして、抗生物質がいとも簡単に処方されます。しかし風邪の原因の80~90%はウイルス感染です。そもそもウイルスは、抗生物質が効かない代わりに、体内の免疫の働きで自然に排除されます。抗生物質のおかげで熱が下がったように見えても、実は何の役にも立っておらず、耐性菌の下地を作ったに過ぎません。風邪の中で抗生物質を必要とする細菌感染症は10~20%です。

 いかにして抗生物質を必要とする病気を見分けるか!? これこそ医師の腕前が問われる場面でしょう。丁寧な問診と診察、必要に応じた検査、そして慎重な経過観察。この三つがそろって初めて、抗生物質の適正使用が可能になります。抗生物質の対象となる呼吸器感染症は、風邪のごく一部、風邪以外の中耳炎・肺炎・副鼻腔炎などです。そしていったん使うと決めたら、用法と用量を守って最後まで飲み切ることが大切です。

 耐性菌は個人レベルにとどまらず、子ども社会全体の問題でもあります。保育園や乳幼児教室など低年齢層の集団で、耐性菌をかかえている子どもが風邪をひくと、それが抵抗力のまだ乏しい他の子どもたちに次々と感染します。日ごろ抗生物質を飲んでいないのに、いきなり耐性菌による肺炎にかかった!という事態も起こり得ます。
抗生物質の安易な使用のツケが今、子どもたちの身に回ってきています。われわれは抗生物質の適正使用を強く心がけて、細菌の逆襲をかわさなければなりません。