2011年3月25日

乳幼児突然死症候群

 乳幼児突然死症候群(SIDS、シッズと略称されます)をご存知でしょうか。一般にはあまり馴染みのない病名ですが、1歳未満の赤ちゃんを育てているか、お腹の中に赤ちゃんを身ごもっておられる親御さんに、ぜひ知っておいていただきたい病気の一つです。


 乳幼児突然死症候群(以下、SIDS)は、それまで元気だった赤ちゃんが、事故や窒息ではなく、眠っている間に突然死亡する病気です。生後2ヶ月から6ヶ月に多く、まれに1歳以上でも発症します。医学の進歩により感染症での死亡が減少するにつれて、SIDSは乳児の死亡原因の上位(第三位)を占めるようになりました。日本で現在、年間150~200人の赤ちゃんが、SIDSにより小さな命を絶たれています。2~3日に1人の頻度、6~7千人に1人の割合です。

 先ごろ、ヒブワクチンと小児用肺炎球菌ワクチンの接種後に死亡する乳幼児の報告が相次ぎました。その中にはSIDSが原因で亡くなられた方も含まれていると推測されています。諸外国におけるワクチン接種後の死因では感染症とSIDSが大半を占めており、死亡とワクチンの間に明確な因果関係はないと結論されています。日本においても状況はほぼ同じと思われます。

 SIDSの主な原因の一つとして、呼吸中枢反射の異常があげられています。赤ちゃんは睡眠中に短時間の無呼吸や呼吸リズムの不整を起こすことがあります。通常は容易に回復しますが、もしも呼吸中枢が異変を検知できないと呼吸が抑えられたまま目が覚めず突然死に至ります。呼吸中枢の働きは脳内のセロトニンが調整しますが、SIDSを起こす子どもでは、この脳内のセロトニンが不足しているのではないかと考えられています。また、呼吸以外の原因では、致死性の不整脈やエネルギー代謝系の異常が、SIDSの状態を起こすことが知られています。急性心筋炎や急性脳炎などの重症感染症も、SIDSの状態を起こすと思われます。つまりSIDSは単一の病気ではなく、いくつかの病気の複合体といえましょう。

 原因の究明はまだ道半ばですが、予防については有効な手段があります。SIDSの危険性を低くするための留意点は三つです。① 仰向けに寝かせる。うつぶせ寝の方が仰向け寝よりもSIDSの発症率が高いことが分かっています。うつぶせ寝が直ちにSIDSを起こすものではありませんが、医学上の理由でうつぶせ寝を勧められている場合のほかは、赤ちゃんの顔が見える仰向けに寝かせましょう。② タバコを吸わない。タバコはSIDS発生の大きな危険因子です。妊娠中および出生後に赤ちゃんの周囲でタバコを吸うと、SIDSの発症率が約4.7倍上昇します。これには妊婦・母親だけでなく身近な人の理解と協力も欠かせません。③ できるだけ母乳で育てる。母乳栄養児の方が、人工栄養児よりもSIDSが起こりにくいことが示されています。しかし、人工乳がSIDSを引き起こすわけではなく、過度に不安をいだく必要はありません。

 日本でも世界各国でも、SIDSの危険因子を減らす運動が展開され、大きな成果をあげてきました。日本では10~15年前まで年間死亡数が500人以上でしたが、SIDSの予防対策が強化された平成11年以降は着実に減少し、ここ数年は年間150人余りで推移しています。しかし、危険因子をなくしても、SIDSが完全になくなるわけではありません。SIDSには未解明の部分がたくさん残されています。現代の医学が突破しなければならない、大きな壁の一つといえましょう。

 追記(6月15日);2009年の人口動態統計によりますと、年間2556人の赤ちゃんが、1歳の誕生日を迎えることなく亡くなっています。乳幼児突然死症候群(SIDS)は、そのうちの157人を占めています。