2014年9月7日

喘息性気管支炎という厄介な病気

 暑い夏が過ぎ去った途端、喘鳴(ゼーゼー)や激しい咳き込み(ゲホゲホ)を起こす乳幼児が増えてきました。喘息性気管支炎の流行期の到来です。今回のコラムでは、気管支喘息と紛らわしく混同されがちな喘息性気管支炎について解説いたします。

 喘息性気管支炎は、気管支喘息に類似した症状を呈する下気道感染症に用いられる病名です。乳幼児はもともと気管支の内径が細く内腔が狭いため、かぜや気管支炎で痰の分泌が増えると容易に気道狭窄を起こし、喘鳴や呼吸困難を生じます。この病態を喘息性気管支炎と称します。喘息性気管支炎を気管支喘息 <アレルギー、気道過敏性> のひとつの型とみる意見もありますが、急性気管支炎 <感染症> で乳幼児に特有のひとつの型とみる意見の方が有力です。ある調査では、5〜6歳までに喘鳴を経験した小児は22%に上るという数値が示されています。急性気管支炎を起こす病原体は主に、RSウイルス(流行期;9月〜翌年1月)、ヒトメタニューモウイルス(2〜6月)、パラインフルエンザウイルス(初夏から秋、あるいは通年性?)、ライノウイルス(春季と秋季)の4種類です。いずれのウイルスも、上気道(鼻・のど)にとどまらず下気道(気管・気管支)に侵入し、喀痰を大量に分泌させる性質を持ちます。ワクチンが存在しないので予防が難しく、ひじょうに厄介な病気です。これからも毎年毎年、涼しくなってくると必ず流行するでしょう。しかし繰り返し感染することによって免疫を徐々に獲得し、3〜5歳を過ぎるとこれらに罹患しにくくなります。

 感染症が主な原因ですので、乳幼児期に喘鳴を生じたからといって、安易にアレルギーや気管支喘息と即断すべきではありません。しかし現状は、乳幼児喘息の診断のもとで過剰な治療が行われていることが多いです。将来、学童期に至り、気管支喘息に移行する確率は、報告書によって5〜40%とばらつきがありますが、個人的な印象では10〜20%前後でしょうか。気管支喘息に移行しやすい状態は、① 本症の重症化による入院歴がある場合、② 吸入性抗原(ハウスダスト・ダニ・花粉など)に感作されている場合、③ 他のアレルギー疾患(アトピー性皮膚炎など)の既往歴がある場合、④ かぜを引くたびに喘息性気管支炎を繰り返す場合(過去に3〜4回以上)などです。これらの場合にかぎり、早期からの喘息治療(ロイコトリエン拮抗薬や吸入ステロイド薬の長期使用)を考慮してもよいと思われます。

 喘息性気管支炎の急性期治療は、気管支喘息の治療法に準じて行われます。去痰薬、気管支拡張薬、ロイコトリエン受容体拮抗薬、吸入ステロイド薬などが用いられますが、個々の薬剤の有効性の評価はまだ十分に定まっていません。抗菌薬(抗生物質)はウイルスに無効のため用いられませんが、細菌感染症の合併が疑われる時、たとえば高熱が持続する場合などにかぎり用いられます。鎮咳薬(咳止め)は喀痰を出しにくくするので使用不可です。咳を無理に止めるのではなく、咳の原因になっている喀痰を出すことが治療の目標です。薬以外では、鼻水や喀痰の除去はひじょうに有効です。ご家庭で鼻水をこまめに吸い取ることをお勧めいたします。激しく咳き込んでいる時は、子どもを縦抱きにして背中を軽くとんとん叩いてあげると喀痰が出やすくなります。水分のこまめな補給は痰の粘稠度を下げて喀出しやすくなるのでお勧めです。しかしこれらの治療を行っても、顔色が青白い、息を吸うたびに胸がぺこぺこ凹む、息苦しくて飲んだり話したりすることができない、呼吸を短時間止める、横になったり眠ったりできない、などの重症化のサインがあるときは要注意です。直ちに医療機関を受診してください。

 なお、喘息性気管支炎の定義と解釈は一定ではなく、用いない方がよいという意見もあります。欧米の教科書には同名の記載がありません。しかし筆者は、乳幼児に特有の病態を表現する病名としてあえて使用しています。