2015年1月3日

母子感染の防止対策 (1) サイトメガロウイルス

 妊婦から胎児に母子感染する病原体はいくつもあります。風疹ウイルスの怖さはよく知られていますね。では、サイトメガロウイルス、トキソプラズマは御存知でしょうか。本稿では、意外と知られていない、しかし胎児に重大な影響を及ぼしうる、これら二つの病原体について概説します。第一報はサイトメガロウイルスです。

 サイトメガロウイルスは、健康で適切な時期(たとえば幼少時)に感染すると、ほとんど病原性を示すことなく無症状のまま治ります。そして、サイトメガロウイルスに対する免疫抗体を獲得します。かつての日本では、妊婦の約90%が免疫抗体をすでに保有していました。しかし社会経済や衛生状態が好転した結果、サイトメガロウイルスに感染する機会が次第に減少し、現在の抗体保有率は70%前後に低下しています。つまり、妊婦の約30%は妊娠中に初感染する危険に曝されていることになります。

 妊娠中にサイトメガロウイルスに初感染した場合、胎児に及ぶ影響はさまざまです。最重症のケースでは、出生時から低体重、神経障害(小頭症、けいれん)、肝機能障害、出血斑などが現れます。治療薬は存在しますが、予後はきわめて不良です。頻度は約10%です。残り90%は出生時に症状を示しません。しかし、そのうちの10〜15%は、後になって神経障害(精神遅滞、てんかん、難聴)を呈するようになります。とくに難聴は頻度の高い症状ですが、新生児期の聴力スクリーニングで検出できないことが多く、後々に言葉の遅れなどを契機に診断されます。出生時と後発性を合わせると、胎内で感染した児の約20%が長期間の障害に苦しむことになります。これは全出生児1000人に1人の割合で、決して少ない数字ではありません。

 サイトメガロウイルスに対するワクチンはまだ開発されていません。また、感染の危険のある妊婦に抗サイトメガロウイルス薬を予防投与することは、その副作用の強さから推奨されていません。そうなると手詰まりのようにみえますが、予防対策がまったく無いわけではありません。妊娠が判明したら、早いうちに血液検査でサイトメガロウイルスの免疫抗体価を測定してもらいましょう。抗体陰性の(つまり今までにサイトメガロウイルスに感染していない)人は要注意です。その場合、以下の予防対策を必ず実行していただきたいと思います。

 サイトメガロウイルスの主な感染源は、子どもの尿と唾液です。日本国内の母子(胎内)感染児は第二子以降に多く、先に生まれた子どもが保育園や幼稚園で他の子どもから感染し、その子どもから排泄されるウイルスがおむつを替えたり食事の世話をしたりするうちに母親に感染し、たまたま妊娠中だったら胎児にも … という経路が想定されています。米国疾病予防管理センター(CDC)では、妊娠中に限って、以下の注意を怠らないように勧告しています。① おむつを替えた後、子どもに食事をさせた後、子どものよだれや鼻水を拭った後、十分に手洗いをする、② 子どもと飲食物やスプーンなどを共有しない、③ 子どものおしゃぶりをくわえない、④ 子どもと歯ブラシを共有しない。⑤ 子どもにキスする際に唾液に触れない、⑥ 子どもの尿や唾液で汚染された物や場所はきれいに拭き取る。先に生まれた子どもがいなくても、保育士や幼稚園教諭など、子どもに接する職業に就いている方は同じ注意が必要です。

 サイトメガロウイルスの先天感染症は、その頻度と重症度が高い割には、世の中にまだ十分に認知されていません。さらに詳しい情報をお知りになりたい方は、以下のホームページをご参照ください(トーチの会、http://toxo-cmv.org)。