2015年1月4日

母子感染の防止対策 (2) トキソプラズマ

 前回のコラムで、「妊娠中に初感染すると怖い」サイトメガロウイルスを取り上げました。今回、もう一つの怖い病原体、トキソプラズマについて概説いたします。

 トキソプラズマは人獣共通に存在する寄生虫です。日本では妊婦の90%以上が未感染者と推定されています。妊娠中にトキソプラズマに初感染した場合、発熱や頸部リンパ節腫脹などの自覚症状が現れるのはほんの数パーセントで、ほとんどの妊婦は無症状に終わります。しかし、胎児に及ぶ影響はさまざまです。最重症のケースでは、出生時から、低体重、神経障害(小頭症、水頭症、けいれん)、肝機能障害、紫斑などが現れます。治療薬は存在しますが、予後は不良で後遺症を避けられません。頻度は数パーセントから20%です。出生時に無症状であっても、後になって神経障害(精神遅滞、てんかん)や視力障害を呈することがあります。とくに眼病変は遅発性かつ進行性であり、約四分の一の子どもが発症するといわれています。

 トキソプラズマは猫(とくに子猫)を自然宿主とし、その糞便中にオーシスト(嚢胞の一種。被膜に包まれて休眠している状態)として排泄されます。人への主な感染経路は、① 猫の世話をして、② 糞便に汚染された土壌で園芸などをして、オーシストに経口感染する場合、③ 感染した動物(牛、豚、馬、鹿など)の肉を生焼けの状態で食べる場合、④ これらの食品に汚染された台所用品を介して別の食品を食べる場合、などです。人から人への感染は、母子感染を除いてありません。また、トキソプラズマは魚類には寄生しません。トキソプラズマは昔からいましたが、今なぜ問題になっているかというと、昔は子どもの頃に泥んこ遊びや野良猫とのじゃれ合いを通して感染する機会がありましたが今はそれが減って免疫抗体を獲得できず、食習慣の西欧化に伴い大人になって生肉を食べる機会が増えて妊娠中に初感染する危険が高まったことが挙げられます。

 トキソプラズマに対するワクチンはまだ開発されていません。妊婦がトキソプラズマに初感染したと考えられる場合、抗原虫薬による治療が考慮されます。治療により、胎児感染を約60%減らすことができます。しかし、抗原虫薬は保険適用外か日本で入手困難であり、実施はなかなか大変です。やはり、妊娠中に予防対策を講じて感染しないことが大切です。妊婦検診にトキソプラズマ抗体の検査項目が入っていない病院も少なくありませんが、実費負担であっても受けておく方がよいでしょう。抗体陰性の人は、以下の予防対策を必ず実行していただきたいと思います。

 米国疾病予防管理センター(CDC)は、妊娠中、以下の注意を勧告しています。ポイントは「猫、生肉、土」です。① 猫の糞便は自分で扱わない(やむを得ない場合は、必ず手袋を着用し後で十分に手洗いする)、② 猫の糞便は必ず毎日捨てる、③ 飼い猫は屋内で飼う。野良猫には接触させない、④ 妊娠中、新たに猫を飼わない、⑤ 食肉は十分に!加熱する、⑥ 野菜や果実は食べる前によく洗う(土付きの野菜をそのまま食べない)、⑦ 食肉、野菜、果実に触れた後は温水で十分に手洗いする、⑧ 生水は飲まない、⑨ 土いじり(ガーデニングや畑仕事)をする時は手袋を着用し、後で十分に手洗いする。日本において、ユッケや馬刺しを食べて感染した妊婦から生まれた先天性トキソプラズマ症が報告されています。生ハム、生サラミ、ローストビーフ、レアステーキなども危険です。

 お腹の中の赤ちゃんはとてもデリケートです。本稿を通して、サイトメガロウイルスやトキソプラズマの危険性を知り、さらに十分な気遣いを与えていただければ幸いです。