2016年1月11日

インフルエンザの疑問・誤解にお答えします(第二編)

 インフルエンザは普通のかぜと違う、重症化しやすいし死の危険さえある、だから一刻も早く医者にかかり検査を受けて薬を飲まなくてはならない、薬さえ飲んでおけばとりあえず安心、という概念が一般的です。しかし本当にそうでしょうか。一部は正しい認識ですが、大部分は過剰な不安にもとづく誤解といえます。その原因の多くは、恐怖心を執拗にあおりたてるメディアの報道やインターネットの書き込みにあります。今回のコラムで、インフルエンザに関する誤解の数々を解き、インフルエンザの知られざる一面に光を当てたいと思います。

[1] インフルエンザは必ず重症化する??
 インフルエンザといえば、高熱・倦怠感・関節痛など、普通のかぜに比べて格段に重い症状が現れるのが常と信じられていました。しかし、インフルエンザにかかっても症状が非常に軽いかほとんど現れないケースが20〜30%存在することが分かってきました。不顕性感染といいます。体力と免疫力が十分に備わっている人(ワクチン接種者も含む)、あるいは生まれつき病原体に対して強い体質を持つ人は、インフルエンザウイルスが体内に侵入しても発症が抑えられ不顕性感染で済むことがあります。インフルエンザ = 重症という図式は改める時期にきています。

[2] 早期診断・早期治療を行えばインフルエンザ脳症にならない??
 そうはいっても、インフルエンザにかかると大抵の人(70〜80%)には、つらい症状が現れます。なかでもインフルエンザ脳症は、痙攣や意識障害などの重い症状を突然生じます。約1万人に1人の頻度でみられる合併症です。最近約10年間の研究により、インフルエンザ脳症は(少なくとも一部のケースには)、遺伝的体質が関与することが分かってきました。一例をあげますと、エネルギー産生に重要な役割をもつCPT-2という酵素が熱に弱く失活しやすい人は、そうでない人に比べて脳症の危険性がわずかに増します。CPT-2以外にもいくつかの酵素の遺伝子多型が見つかっています。インフルエンザ = 脳症の単純な図式ではなく、何らかの特異体質が介在するようです。しかし、子どもひとりひとりに遺伝子検査を行うことは現実に難しく、誰が脳症を合併しやすいかを予知することはできません。では、インフルエンザを発症した時、直ちに抗インフルエンザ薬(タミフル、リレンザ、イナビルなど)を服用すれば大丈夫でしょうか。残念ながら、これまでに得られたデータからは、早期の診断・治療はインフルエンザ脳症の発生を阻止できないことが判明しつつあります。薬を急いで服用したから安心というわけではないようです。脳症の危険性を減らす有力な方法は、ワクチンでインフルエンザを予防することに尽きます。ワクチンの有効率を70%と仮定した場合、脳症で死亡した子どもが国内に年間50人いるとして、その全員が流行前にワクチンを接種していたら、35人はインフルエンザにかからず脳症に至ることもありませんでした。残りの15人はインフルエンザにかかりますが、脳症を合併しにくいかどうかの結論はまだ出ていません。一般に軽症化を期待できますが、ワクチンを接種しても脳症に至るケースも報告されていて、絶対に阻止できるとまでは言い切れないようです。他の注意点として、アセトアミノフェン(カロナール、コカール、アンヒバなど)以外の解熱薬を使用しないことも、脳症の危険性を減らすために大切です。とくにジクロフェナク・ナトリウム(ボルタレン)とメフェナム酸(ポンタール)は、諸酵素の働きを阻害することで脳症の危険性を高めるため、使用禁忌とされています。

[3] タミフルを飲まないとインフルエンザは治らない??
 脳症に至る危険性がわずかに高いごく一部の人々を除き、インフルエンザは本来、自然治癒する病気です。しかし、免疫能が不十分で症状が重くなりやすい小児(とくに乳幼児)、高齢者、基礎疾患(呼吸器疾患、心疾患、糖尿病など)を持つ人には、抗インフルエンザ薬の使用をお勧めします。それ以外の年齢層の人も、症状がつらい時は抗インフルエンザ薬が有効です。発熱の期間を約1日短縮するだけでなく、肺炎や中耳炎などの二次感染・合併症を抑える働きを期待できます。では、不顕性感染を含めて症状が軽い人はどうでしょうか。おそらく、抗インフルエンザ薬の効果は限定的で、服用してもしなくても普通のかぜと同様に治ります。薬の効果を実感することは少ないでしょう。インフルエンザだから何が何でもタミフル、という図式は見直される時期にきています。日本だけで世界中のタミフルの約75%を消費している事実は異常です。過剰使用ではないかと首を傾げざるを得ません。タミフル耐性のウイルスが出現して騒がれたこともありました。実は、抗インフルエンザ薬の他に有効な薬があります。漢方薬の麻黄剤(麻黄湯、葛根湯など)です。最近約10年来の研究により、麻黄剤は抗インフルエンザ薬と同等の効果を有することが証明されてきました。抗インフルエンザ薬はウイルスの拡散を抑え(すでに増殖したウイルスを失活させる作用はありません)、麻黄剤はウイルスに対する初期免疫を賦活化します(ウイルスを失活させる作用も期待できます)。故事に当たると、1918年のスペインかぜの世界的な大流行時、日本において漢方医が葛根湯などを処方することで多くの人々の命を救ったと記録されています。現代においても、漢方薬はインフルエンザ治療の魅力的な選択肢です。発熱はあってもぐったりしておらず水分をとれる状態であれば、麻黄剤だけで十分に対応可能です。ケースによっては抗インフルエンザ薬よりも優れた効果を発揮するでしょう。

[4] 家族内にインフルエンザ患者がいたら、きょうだいは登園できない??
 新型インフルエンザが出現した2009年、日本はちょっとしたパニック状態に陥りました。宇宙服のような防御服に身を固めた係官、当時の厚生労働大臣が眼を血走らせて臨んだ深夜の記者会見、十数万人の国民が死亡するかもしれないという試算(憶測)… 新型インフルエンザの恐怖をあおるには十分な舞台設定でした。今はもう大部分の国民は落ち着きを取り戻してインフルエンザに向き合っていますが、一部の幼稚園・保育園は今なお当時の恐怖に取り付かれたままのようで、家族内にインフルエンザ患者がいたら登園不可という不適切な指令を出しています。家族内にインフルエンザ患者がいる場合、その家族がとるべき行動は、健康状態にいつも以上に気を配る、かぜ症状(微熱、咳、鼻水など)が現れたら登園せず自宅で安静を保つ、症状が進行しそうなら医療機関を受診する、というごく当たり前のことです。さらにいえば、乳幼児では稀ですが不顕性感染の可能性もゼロではないので、元気な状態で登園するにしても咳エチケットを心がける(咳やくしゃみを撒き散らさず手で押さえる、汚れたその手をよく洗う、できない場合はマスクを着用する)ことが大切です。インフルエンザに関して、健康な家族まで家の中に封じ込める措置は明らかに行き過ぎで、神経過敏といわざるを得ません。それで流行を阻止できるなら文句はありませんが、効果はほとんどないと言ってよいでしょう。子どもの教育を受ける権利を一時的に奪うことを問題視したいです。また、インフルエンザが心配だから検査してもらいなさいという教育機関の指図も不適切です。検査と治療のタイミングはあくまでも医者が決めること。インフルエンザをただ無闇矢鱈に恐れて怯えるのではなく、正しい知識と冷静な態度をもって適切に警戒していただきたいと思います。メディアやインターネットの玉石混淆の情報(大抵は玉ではなく石です)を鵜呑みにするのではなく、信頼できて気持ちを通じ合えるかかりつけ医を持つことで、寄る辺のない不安と恐怖心を解消できると信じています。