2017年8月27日

インフルエンザの感染予防対策 Ⅱ

 インフルエンザワクチンの予約開始(9月7日)に先がけて、インフルエンザの予防対策をまとめました。5年前にも同名のコラムを掲示しましたが、その後の情勢の変化を考慮して、最新版をお届けいたします。

 インフルエンザの流行の中心は15歳以下の小児です。最初に保育園・幼稚園・学校で集団発生し、次いで家族を通して地域全体に拡散します。毎年、全国で約1千万人(国民の10人に1人)が罹患します。これだけ大規模に流行する感染症は他にありません。インフルエンザの予防対策の基本は、一にワクチン、二に衛生管理(手洗い、マスクなど)、三に体調管理です。

[1] インフルエンザワクチン
 現行のワクチンは、(1) A [H1N1] pdm2009(いわゆる新型)、(2) A [H3N2](香港型)、(3) B/ビクトリア系統、(4) B/山形系統 の4種類を含む4価ワクチンです。インフルエンザウイルス、特にA型は自らの構造を頻繁に変えるため、その動向に合わせて(これから流行する株を予測して)、毎年新たなワクチンを製造しなければなりません。その年の流行株とワクチン株が一致すればワクチンはよく効き、一致しなければあまり効きません。したがってワクチンの有効率は年ごとに変動し、良い年で70〜80%、悪い年で20〜30%、おおよそ平均して50%と試算されます。

 発症阻止効果50%の数値は、世間の期待度から大きく離れていますね。ワクチンを接種してもかかる人は大勢います。しかし、たくさんの人を集めて数えてみると、やはりワクチンを接種した人の方がワクチンを接種しない人に比べてインフルエンザにかかりにくいのです。インフルエンザにかかる確率を10%、ワクチンの発症阻止効果を50%と仮定すると、1000人規模の小学校生徒全員にワクチンを接種しておけば、発症者を100人から50人に減らすことができます。日本国民1億人に範囲を広げて考えると、全員にワクチンを接種しておけば、発症者は1千万人から5百万人に減って、5百万人はかからないことになります。個人個人の効果は今ひとつでも、集団防衛の効果と意義は大きいことがお分かりいただけると思います。

 かつて学童を対象にインフルエンザワクチンの集団接種が行われていました。しかしこれが無意味であるという風評が流れ、1994年に中止されてしまいました。中止後まもなく、高齢者がインフルエンザに伴う肺炎で命を落としたり、乳幼児がインフルエンザ脳症で命を落としたりする事例が相次ぎ、抵抗力の弱い年齢層でのインフルエンザ関連死が急増しました。学童集団接種は、社会全体へのインフルエンザの流行・拡散を阻止する防波堤の役割を果たしていたのです。幼稚園児や小中学生にインフルエンザワクチンを接種することは、同居する人、とくに高齢者や幼い弟・妹をインフルエンザから守る間接効果をもたらします。さらに、できれば家族全員がワクチンを接種することが望まれます。インフルエンザにかかっても薬で治せばいいだろうという発想ではなく、一歩進んで、インフルエンザにかからないことで他人・弱者を守ろうという配慮が大切です。

 ワクチンを接種することで重い合併症を予防できるでしょうか。たとえば、ワクチンの有効率を50%、インフルエンザ脳症で死亡する小児を年間50人と仮定します。その50人全員がワクチンを接種していたら、25人はインフルエンザを発症せず、当然、脳症にもなりません。残りの25人はインフルエンザを発症しますが、脳症になるか、普通のインフルエンザで済むか、これはまだ分かっていません。重症肺炎についても同じことが言えます。重い合併症はインフルエンザにかかった人の中から出るので、ワクチンを接種してインフルエンザにかかる人を減らすことには大きな意義があります。なお、高齢者については、重症化阻止効果がすでに証明されています。ワクチンを接種することで、死亡を80%、入院を50%減らすことができます。小児においても、入院阻止効果が60%あることを慶大小児科グループが昨年、発表しました。重い合併症の予防にワクチンは役立っていると思われます。

[2] 飛沫感染対策
 インフルエンザの主な感染経路は、咳やくしゃみで発せられる飛沫です。飛沫の中には大量のウイルスが含まれています。咳やくしゃみをしている人は咳エチケットを心がけましょう。咳エチケットの要点は、(1) 咳やくしゃみを他人に向けて発しない、(2) 咳やくしゃみをする時はハンカチやティッシュペーパーで口と鼻を被う、(3) 咳やくしゃみを受け止めた手、鼻をかんだあとの手をよく洗う、(4) 咳やくしゃみが出ている時はマスクを正しく着用する、などです。

 マスクには一定の予防効果を期待できますが、過信は禁物です。ウイルス粒子はマスクを容易に通過します。マスクさえしておけばインフルエンザにかからない、ということはありません。医療スタッフや患者の家族など濃厚接触の機会が多い場合は効果が少しありそうですが、日常の社会生活におけるマスクの有効性については評価が分かれています。非感染者におけるマスクの効用は、吸気の温度を保って気道粘膜を保護する、鼻や口に手をもっていきにくい、など副次的なものに過ぎないかもしれません。一方、感染者のマスク着用は、ウイルスを含む飛沫の拡散を防ぐ上で重要です。感染者こそがマスクを着用すべきで、咳エチケットの一つに数えられています。

 人混みを避けることは、飛沫を浴びる機会を減らす意味で予防に有効です。室内の加湿、空気の入れ替えは、ある程度は有効です。ただしインフルエンザの罹患率を下げることまでは実証されておらず、できる範囲内で十分と思われます。空気清浄器も同様です。うがいもある程度は有効ですが、ウイルスが粘膜に付着してから細胞内に侵入するまでに数十分しかかからないため、うがいで予防しようとすると数十分ごとに行わなければならず、現実的ではありません。インフルエンザに関して、うがいの予防効果は実証されていません。できる範囲内で十分で、他人の飛沫を浴びた時にしっかり行えばよいと思われます。

[3] 接触感染対策
 インフルエンザのもう一つの感染経路は接触感染です。インフルエンザにかかっている人から直接触れられる場合と、器物(ドアノブ、おもちゃ、手すりなど)を介する場合があります。いずれの場合も、感染者の飛沫(咳、くしゃみ)、鼻水、唾液などに汚染されたものを手に触れて、それを口や鼻にもっていくことでウイルスが侵入します。咳エチケットの項でも述べましたが、インフルエンザ感染者は「咳やくしゃみを受け止めた手、鼻をかんだ後の手をよく洗う」「汚れたままの手であちこち触らない」、非感染者は「何かに触れた後は手をよく洗う」「汚れたままの手で口や鼻をむやみに触らない」ことが大切です。したがって、こまめに手洗いすることは、インフルエンザの予防に有効です。手洗いはワクチンの次に重要な予防対策と言えます。手洗いの励行により、家族内感染が約半分になるという報告もあります。手洗いのコツは、流水で洗う、石鹸をつけて泡立てる、手の各部分を万遍なく洗う、終了後に清潔なタオルで水分をしっかり拭き取る、などです。アルコールの手指消毒液も有効です。

[4] 体調管理、その他
 規則正しい生活習慣、十分な睡眠、バランスの取れた食事は、免疫力の維持に欠かせません。インフルエンザに限らず、あらゆる感染症対策の基本です。

 逆に、インフルエンザの予防に疑問符がつくものもあげておきます。(1) ウイルスブロッカー;まったく無意味です。効果はありません。 (2) 特定の食物;免疫力アップに少々役立つかもしれませんが、これさえ摂っておけばインフルエンザにかからない、という食物はありません。バランスのよい食事で十分です。(3) 患者の家族の出社・登園禁止;効果がゼロとは言いませんが、あまりにも神経質すぎる対応です。仕事や教育・保育の停止による社会的な弊害の方が大きいです。健康が保たれていれば、家に閉じこもる必要はなく、出社・登園して構いません。ただし発熱や倦怠感など体調不良を感じ取ったら無理は禁物。自身の安静と他人にうつさないために、会社・幼稚園を休みましょう。